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純愛

1つ前のバス停で

校舎を出るとひどい雨だった。
折りたたみ傘を持ってきて正解だったとバス停に急ぐ、夏休みの補講だから人の数は殆どいない、むしろ田舎の高校で補講を受けるのは僕くらいの者だ、、、
バス停に着くと直ぐにバスがやってきた。乗り遅れたら1時間も時間を潰すと思うと毎回ゾッとする。定期をかざし乗り込むと僕一人の様だ。冷房の風を首筋に受けながら1番奥の席に座った。

雨足は依然留まることを知らず、バチバチと音を立てて窓を打っている。
鈍いブレーキ音の後に車両が止まり、1人の乗客が乗り込んできた。ズブ濡れに驚いたが、それより驚いたのは白シャツにピンクのブラが透けていた事だった。
反射的に目を逸らし外を見る。雨だれの激しい音か僕の心臓の音かハッキリしないままバスは出発した、、、

あれっ!裕也じゃん!!

いきなり名前を呼ばれて驚いた、前を見ると明日香先輩が立っていた。亜麻色のポニーテールは濡れていて、相変わらずブラも透けている。
表情に出ぬように目線をおでこに集中して返事を返す。
「明日香先輩も帰りですか?珍しいですね夏休みなのに」持っていたタオルを渡す。
彼女は笑いながら敬語は止めてよ~とケラケラ笑い体を拭いている。彼女はお隣さんの幼馴染みで小さい頃からよく遊んでいた。頭もよく進学校に通っていて僕とはえらい違いだ。

ごめんごめんと笑いかけると彼女曰く部活の練習があったらしい。それで乗り合わせたのかと合点がいき、水筒の麦茶を1口飲むと彼女はこちらを見つめながら
「さっきブラ見たでしょ?」と真顔で聞いてきた。思わず吹き出しそうになるのを堪えると気管にお茶が入り盛大にむせた。
明日香はそれを見てケラケラ笑っている。完全に失敗した。平然と返せばなんて事無いのにこれでは見てましたと自白した様なものではないか、、、
仕方ないので見たよとぶっきらぼうに答えると、明日香はまた笑いながら、別に気にして無いわよ、小さい頃なんて一緒にお風呂も入ったじゃない!と軽快に話す。
今と昔は全然違うじゃないかとあきれながら訂正すると、明日香はチョット悪い顔を浮かべながら、「どこがどう違うのかしら??アッおっぱいのこと?」
また吹き出しそうになるのを何とか堪えると、まあ色々とね、、、こう返すのが一杯だった。

明日香はフーンと正面に向き直る。髪が揺れて明日香の少し甘い香りがした。懐かしい香りだった、小さい頃からずっと一緒だった。中学を卒業してからは違った。
明日香を追いかけて受験したが結果はご覧の通りだ。どうせ無理だとは思ったが、彼女が学校でモテていると噂に聞いてから焦ったのも受験の失敗の原因だった。
この頃から明日香は綺麗になっていった。元から目鼻立ちは整っていたが、今ではモデルの様に胸と尻がボンボン出ている。そのくせウエストは細く、しかし太ももはムチムチしているのだ。こんな女性を男がほっとくわけが無い。やれスカウトが来ただの、どこそこのサッカー部のエースが告っただの、田舎だけにそんなネタがポンポン飛んでくる。
僕はイケメンでもなんでもない。取り立ててスポーツも出来ないし勉強もご覧の通りである。それ故に今ではあまり明日香に関わらないようになった。
自分でもよくわからない。惨めな思いをしたくなかったのか、それとも明日香が他の男と居るのを見たく無かったのか、、、

そんな走馬灯の様な思い出を振り返っていると明日香は何も言わず手の動きで麦茶をせびる。僕も何も言わずにくれてやると喉を鳴らしながら飲みだした。
一息つくと麦茶を返してくれた。
「ねえ?裕也は彼女でもできた??」
いきなり聞かれて少し面食らったが、出来るわけが無いので、すぐに否定できた。
明日香は彼氏できた??聞いた自分に驚いた。あまりに自然に口からでたから、でも直ぐに後悔した。答えを聞きたくない、、、
明日香はこっちを向いてニヤリと笑う、あったりまえじゃん!!
目眩がした。でも返事は即答できた。
そっかーおめでと!!ぎこちないとは思ったが懸命に笑顔を作った。

いきなり明日香の顔が曇った。
「ねえ、どうして泣いてるの??」
言われて初めて気付いたポタポタとズボンにシミができた。えっ!?僕泣いてる、、、
その時色んな感情がグルグルした。明日香に彼氏が出来てしまったこと、ちゃんと祝えなかったこと、大好きな明日香を取られてしまったこと、、、
ようやく気付いた、いや正しくは気づかない振りをしていた。こんな僕じゃ君とは居られない、そう思って彼女への大切な思いをしまっていたのだ。その鍵が開いてしまった、、、

居た堪れない気持ちになった時、運良くバスが止まった。人が乗り込むと同時に、降ります!!と叫んだバックを持って走り出す。何か聞こえた気がしたが僕は構わず駆けた。降車口が開ききる前に僕は飛び出しバス停に飛び込んだ。
刹那だった。僕の背後からとんでもない衝撃が襲ったのは、僕はもんどり打ってバス停のベンチに突っ込んだ。ゴンと鈍い音を立ててひっくり返った僕の目に写ったのは上下逆さまの明日香の姿だった。

ん、と声とも唸りとも言える音を立て彼女がおもむろに手を差し出してくれた。
素直に掴んだ僕は引っ張りあげられた。ベンチに腰掛けると明日香も座った。なにも話さない
屋根を激しく雨が打ちつけていた、、、

どの位時間が経ったのだろう、ボソッとゴメンと明日香が声にだした。怪我しなかった??
僕は大丈夫だよと明日香の方に向き直ると、驚いた事に明日香は泣いていた。余りのことに言葉にならぬ音を発しながら、何とかどうしたのと一言を繰り出すことができたが明日香は何も話さなかった。

ここは最寄りの一つ前のバス停、バスはまだ当分来ない雨足も弱まらず、ただただ雨だれの音を打ち鳴らしている。僕と明日香の二人きりはいつ以来だろうか、、、
ふと古びた看板が目に入る、そこには黒の背景に白と黄色の文字で罪の許しを得よ!イエス・キリストと書いてあった。うちは曹洞宗だかどうせの機会だ、話したいことは全て話してしまおう。そう思わせてくれた。
僕は明日香に向き直り思いを全てぶちまけた。明日香に彼氏が出来て悲しかったこと、それを素直に祝えなかったこと、そして君の事がずっと好きだったこと、、、
言い終えた時、彼女はまだ泣いていた。
全て話した羞恥心に僕は思わず下を向いた。その瞬間激しい衝撃が前から襲った。ゴンと鈍い音を立てベンチに横たわると明日香が僕の胸で泣いている。
もう全くわけがわからない。余りのことに呆然とすると明日香は鼻声で話し出した。

「彼氏が出来たは嘘よ、、、」
僕はへっ!?と素っ頓狂な声をだした。
「だから嘘だっていったでしょ!」
今度は何故か怒られた。一体これはどうした事か、、、悩んでいるとガシッと体を掴まれた。柔道の寝技の様な押さえ込みに、30秒で1本だと訳のわからないことを考えていると、明日香はハッキリとこう言った。

アンタが好き

その声は何故か雨だれに掻き消されることなくハッキリと耳に届いた。

うん、僕も好き

この時初めて彼女を抱きしめた。いや久しぶりに抱きしめたと言うのが正しいかもしれない、昔はこんな感じでお昼寝させられていたことを思い出し、胸がじんわりと暖かくなってきた。

「裕也がわるいの、ずっと待ってたのに何も言わないし、最近あたしの事避けてたもん」

ごめん、、、だから嘘いったんだ?

「うん」

くぐもった返事に愛おしさがました。思わずギュッと抱きしめるてもう一度言うことにした。

大好きだよ明日香

彼女は決して顔を上げることなく私も大好きと答えてくれた。彼女の耳は真っ赤だった。

チョット意地悪心が出てきた僕は、明日香顔見せてと優しく声をかけた。しかし間髪入れずにイヤっと返される。何度か同じ声掛けをしたが答えは同じだった。
じゃあチューして上げるから顔をあげて?と声をかけると彼女は馬鹿じゃないの??と顔をあげた。顔も赤ければ涙で目も充血している、、、鼻水まで少しでている。それでも僕は素敵表情だと思った。
彼女の頬に手を添えて優しく包むとそっと口付けをした。

ここは一つ前のバス停、雨はまだ止まない

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与兵

細々と執筆活動を続けております与兵と申します。 いいねをつけて下さった方ありがとうございました。とても励みになります!

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