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幼馴染にねだられて
「明くん……」
久しぶりに会った小雪は昔と変わらず儚げで名前の通り雪のように溶けていなくなってしまうのではと思わせた。
明が帰ってきたのは、子供が産まれたので、祖父祖母になった両親に見せに来たからである。
娘の朱里を見て、顔がもう滅茶苦茶に破顔している両親。
「すっかり孫に夢中ね」
妻のミカが耳元で囁く。
「ああ、すっかりジジババだな」
「なんだって?」
母から鋭い視線が飛んできた。明はその怖い目から逃れるように外へ出た。
外はすっかり雪化粧だ。こんなにも真っ白な景色は久しぶりなので、しばらくぶらぶらと歩いていると、後ろからワン! と犬に吠えられた。
「なんだ?」
足元を見たら、シェパードが舌を出しながら白い息を吐いている。
「あの……ごめんなさい……」
繊細そうな女性の声が聞こえた。振り向くと、そこには生まれたときからの仲である小雪がいた。
「よっ、久しぶり」
「明くん……」
シェパードがお行儀よく、明の足元に座っている。
「こいつは小雪の犬か?」
「この子はお隣の立川さんの……」
「へえ。お利口だな」
数年ぶりに会ったのに、明と小雪は自然に会話していた。
こんな田舎では子供が少ない。だから、自然と子供同士の仲が深くなる。高校まで全て一緒だった明と小雪は、大学進学を機に離れ離れとなった。
小雪は確か九州の大学に進学したはずだ。明は東京だったので、大学生の間は会うことが少なかった。就職してからはすっかり疎遠になり、こうして数年ぶりに再会した。
「明くんは急に帰って来たね……」
「ああ、子供が産まれてさ」
「子供……?」
結婚したことを言うと、小雪は小さく「そうなんだ」と呟いた。
「小雪は? 今どこで働いているんだ?」
「東京」
「俺と一緒じゃん」
明はにっと笑う。昔と変わらない笑顔。小雪は眩しそうに目を細める。
「じゃあ、私、帰るから……」
「一緒に行こうぜ」
明と小雪は並びながら、無言で雪道を歩いた。二人は無言でもいい関係だからである。
立川家に行くと、「あら、明ちゃん」とおばさんが顔を出した。
「二人とも寄って行きなさい。寒いでしょう」
言葉に甘えることにした。
二人でこたつに入る。すると、小雪の足が明の足にコツンと当たる。子供の頃からの遊びだ。明はコツンと返した。
「明ちゃんの娘さん見てみたいわあ」
「今ならうち来ればいますよ」
「私も見たいな……」
「いいね」
立川のおばさん、小雪を連れ立って家に戻った。
「ただいま」
「お邪魔します……」
「あら、小雪ちゃん。久しぶりね」
母が朱里を抱っこして現われると、歓声が上がった。
「かわいい……」
小雪が朱里に指を差しだしている。朱里はそれを小さな手でぎゅっと握った。
その様子を微笑ましく見ていたら、ミカが明の襟を引っ張って、客間に声が聞こえない場所まで異動した。
「あの女誰」
「え? よく話してた小雪だよ。幼馴染の」
「なんで連れてきたの」
明は何故自分が怒られているのか分からなかった。
「なんでって、いたから」
明とミカで認識の差異があることに気づかない明はそう言って襟を正した。
大きくため息を吐くミカ。妻が何か勘違いしていると思ったので、小雪を紹介する。
「小雪は妹みたいなものだ。うちにも数えきれないくらい来てるし、泊まってるし」
本当? という疑惑の目が明に向けられる。
「本当本当」
明は明るく笑った。名前の通り、明るい性格なのが明の長所だ。
「お邪魔しました……」
外はすっかり暗い。立川のおばさんはおじさんが迎えに来て帰って行った。
「俺送っていくよ」
「大丈夫……」
「危ないから、明に送ってもらいなさい」
父が小雪の本当の父のように諭す。小雪は大人しく従った。
「なんかごめんね……」
「何が?」
「奥さん、私のこと気にしていたみたいだから……」
ミカは明の笑顔に騙されず、小雪のことを敵のように見ていたという。明はため息を吐いた。
「子供が産まれて神経質になっているんだよ」
「そっか……」
小雪の家は真っ暗だった。
「あれ? おじさんとおばさんは?」
無言で扉をガララと開ける小雪。中はシンと静かに冷えている。
「両親は今東京。一緒に暮らしているの……」
「そうだったのか」
知らなかった。この家は今、立川家が半分管理しているらしい。しかし、もう売りに出すか、壊すかするという。
「思い出の家なのにな」
明と小雪の身長を測った跡が柱に残っている。その跡にそっと触れた。
「ねえ、明くん……」
「なんだ?」
「こっち来て」
連れて来られたのは、小雪の部屋だ。まだそのままにしてある。ベッドだけがなくなっていた。
「ここ座って……」
「ああ」
「明くんにお願いがあるの」
はっきりした小雪の声。本気のお願いである。明は姿勢を正した。
「明くんの赤ちゃんが欲しいの……」
「……は?」
明の時が止まった。その間にも、小雪は話を勧める。
「結婚はもうできないけど、明くんの赤ちゃんならまだできるから……」
「ちょっと待て」
妹だと思っていた小雪のお願いであるが、できないものはできない。何せ明は既婚者である。小雪に子供ができたら、明が責任を取らなければならない。そんなことになったら、認知はどうなるのか等、様々な大きな困難が待ち受けている。
「お願い、明くんの赤ちゃん欲しいの……」
はらはらと小雪のような涙を流す彼女。明は久しぶりに小雪を泣かせてしまったと焦り、慰めようとした。すると、小雪が思いっきり腕を引っ張った。明は小雪の上に落ちるようにして、倒れこんだ。
「おい、大丈夫か!?
急いで顔を上げる。小雪を押し倒している状態になった。
「明くん……」
電気で照らされた小雪の顔は朱に色づいている。
(小雪を、俺が抱くのか?)
非現実的である。しかし、目の前にいるのは成人女性と考えると、話は違う。
「どうなってもしらないからな」
「全部、私の選択……責任だから……」
小雪は明の首に腕を絡めて顔を近づける。反射的に逃げようとしたが、それより早く小雪の唇が到達していた。
ちゅっ。
軽いリップ音が鳴る。小雪の繊細な唇は甘い香りがした。その甘い香りに誘われ、明は唇を再度合わせた。今度はバードキスである。ちゅっちゅと軽い音を立てながら、繰り返し小雪の唇を吸う。
次第に明もその気になってきて、口づけが深くなる。
小雪の手が明のモノに触れる。その手を明は受け入れた。
小雪の生まれたての姿を久しぶりに見た。しかし、前に見た小雪の体とは大きく異なり、大人の女性の体型をしている。乳房は小振りだが、腰の引き締めからお尻にかけてのラインがすっと書道家が書いた線のように美しい。
明は乳房の先の小さな突起に舌を這わす。
「あっ」
小雪の鈴のような声が海馬に響いた。
「長かったわね」
帰ったら、ミカが待ち受けていた。
「数年ぶりだったから、話しこんじゃって」
「そう」
ふんと顔を背けるミカ。後でご機嫌取りをしないとならない。
明は内心バクバクと暴れていた。関係がバレたらどうしよう。小雪は口外しないだろうけれども、明は汗が止まらなかった。
一年後、小雪が明の前に現れた。小雪を見たとき、まさかと思ったが、最悪の展開にはならなかった。
「やっと見つけた……」
「小雪」
「赤ちゃん、欲しい……」
明は小雪のお願いに逆らえなかった。
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