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不倫

私の不倫相手は徒歩7分で会える

「いらっしゃいませ」

初めて私の働く店の扉をくぐったその人はちょっと怖い雰囲気のある男(ひと)だった。

少し細身だけど筋肉質で引き締まった体。

短髪で無造作な髪型。

切れ長で少し冷たい感じの目。

そして腕まくりした服の裾から見える左腕のタトゥー。

けれどそんな見た目と反して柔らかく穏やかな態度に堪らなく惹かれてしまった。

私は 筑摩 有里(ちくま ゆり)。

片田舎のスナックでホステスをしている。

お店では“りりー”と名乗っている。

よくドラマなんかで見る都会のクラブなどと違って客の取り合いやきびしい売り上げ目標などはない。

だからママや他のホステスとも和気あいあい過ぎるくらいだ。

ちなみにママは私の本物のママだ。

つまり母のお店のお手伝いをしているということ。

お客様の年齢層も高くて何なら女の子が目的でお店に来てるっていうお客様は少ないかも。

逆にホステスのほとんどがお客様にかわいがってもらっている。

だから若いお客様はちょっと珍しい。

「いらっしゃいませ」

そのお客様は常連さんと一緒にスナックにやってきた。

「あら工場長さん」

「ママ久しぶり」

近所にある大きな工場の工場長の山田さん。

「あらぁずいぶんと若いお連れさんね」

「ああ 茨城の工場から手伝いに来てくれてるんだ」

「そうなの?工場長さんとこ最近忙しそうだもんね」

「まぁおかげさまでな」

「ふふ、じゃ今日はテーブル席のほうがいいわね」

そう言いながらママは奥のテーブル席へと案内する。

4人掛けのテーブルに山田さんとそのお連れ様2名が座った。

開いた席にはホステスの三奈ちゃんが座る。

しばらくして三奈ちゃんが一度カウンターに戻ってグラスと瓶ビールを持った。

「工場長のお連れの短髪の人」

そう私にささやいてくる。

「なんか無口っていうかノリ悪いし目つき怖いしなんか苦手ぇ」

と言いながら笑顔を作り直してカウンターを出た。

私も気になってそちらのテーブルを見る。

あぁ確かによく言えばクール、悪く言えば無愛想ってかんじだな。

カウンターのお客さんと談笑しながら店内の様子を見ていた。

その時彼と目が合う。

私はニコッと笑いかけた。

すると意外なことに彼は少しその表情を崩した。

あ、かわいい。

ああいう人こそギャップはたまらないものだ。

何となく、彼のその表情が頭に残ってしまう。

「工場長と一緒じゃなくてもまた来てくださいね」

「おぉ三奈はそんなこと言うのか?」

工場長たちがお帰りの時、お見送りの三奈ちゃんがそんな軽口を言う。

わかっている。

工場長のいないところではご新規さんを誘ったりしない。

工場長も嬉しそうに笑って三奈ちゃんの頭をポンポンとしている。

「まぁ吉田も小渕もこの店は間違いないから、贔屓にしてくれよ」

「ほんとにいいお店教えてもらってありがたいっす」

吉田と呼ばれたちょっとチャラそうなお連れ様はそう言って笑った。

小渕と呼ばれた人が一瞬ちらっとこちらを見た後かるく頭を下げた。

“祥吾(しょうご)来週何時に帰ってくる?”

“ごめん有里、来週帰れなくなった”

私には彼がいる。

もう2年の付き合い。

でも彼の仕事の都合で1年近く遠距離恋愛をしている。

ここのところ会えてないなぁ。

もう2か月近く、彼の仕事が忙しいという理由で会えていない。

高校の同級生だった彼は、当然私の家のことも知っている。

社会人になってから再会したときもスナックだった。

『高校の時から好きだった』

そう言われた時はほんとに舞い上がった。

だって私も気になってたから…。

仕事だから仕方ないと割り切ったつもりでもやっぱりさみしい。

会いたいな。

そう思ってもわがままだってわかってるから言えない。

それでも感じてしまう。

物理的だけじゃない距離感が最近生まれてきていることも…。

「いらっしゃい」

あれから吉田さんと小渕さんは良く来てくれている。

でも小渕さんが一人で来るのは初めてだ。

それも開店とほぼ同時くらいの時間に。

「いいですか」

まだママも来ていないし私一人。

「女の子まだ私だけなんですけどそれでよければどうぞ」

と冗談ぽくいうと

「りりーさんがいれば十分ですよ」

とうまく返してくれる。

とっつきにくいと思ったけど、話せば親しみやすいというか自然と話せる。

ビールとお通しを用意する。

「スイマセン。腹減ってるんですけどなんか作れたりしますか?」

「え?あ、あぁ そうだなぁ 焼きそばなら作れますけどどうでしょう?」

「お願いします。」

〆におにぎりとか頼まれたりするけどこの時間だとまだ米もたけていない。

とりあえずすぐできてボリュームのあるものって言ったら焼きそばしかなかった。

お肉とキャベツだけのシンプルな焼きそばを出すと嬉しそうにしてくれる。

「いただきます」

そう言っておいしそうに食べてくれるのがありがたい。

「お口に合いますか?」

「はい。めちゃくちゃおいしいです」

「よかった」

「ここってあんまり飲食店ないからこういうのありがたいです」

「あぁ…。さりげなくディスってます?(笑)」

「あ、いや申し訳ない」

「うそうそ冗談です。」

小渕さんとの時間は楽しかった。

彼もそう思ってくれているようだった。

小渕さんには奥さんと3歳になる息子さんがいるという話も聞いた。

見た目の割に気が利いたりあたりが柔らかいのはきっと家族を持っているからなんだろうな。

結婚にあこがれのある私にはなんだか彼がまぶしく見えた。

その日を境に小渕さんは頻繁にお店に顔を見せてくれるようになった。

来るたびに私と話をしてくれた。

「りりーずいぶん気に入られてるんじゃない?」

他のホステスさんやママにも言われてしまう。

「私たちが席についてもあんな顔しないもん」

“ねぇ”

とみんなから冷やかされてしまう。

確かに小渕さんとは話しやすいし気も合うとは自分でも思っている。

最近では彼のことも相談したりしちゃってるし。

お客様にこんな相談ってしちゃいけないのかもしれないけど、小渕さんが真剣に聞いてくれるからついつい甘えてしまう。

でも既婚者だしいつまでこっちにいるかわからないしこの箱の中だけの付き合いって思っていた。

「りりーちゃんさ、明日時間ある?」

「え?明日?」

「うん」

明日は日曜でスナックも休みだし予定は何もない。

「何も予定ないので時間はありますよ」

「じゃ、ちょっと出かけるの付き合ってくれない?」

小渕さんに突然誘われた。

田舎のスナックなんて同伴やアフターがあるわけじゃないしちょっと焦ってしまう。

「あ、いやちょっと隣町まで飯食い行くだけなんだけど、一人じゃなんか行きづらくて…」

「え?私でいいの?」

ちょっと戸惑ってしまう。

「もちろん」

細い目で優しく微笑まれるとついOKしてしまう。

翌日、約束通り待ち合わせをして食事をする。

隣町のちょっとおしゃれなレストランに連れていかれて、
『なるほど…。確かにこの店は小渕さんひとりでは入りづらそうだな』

と納得してしまった。

来たかった店で食べたかったランチができてとても満足そうな小渕さん。

そのあと私の買い物に付き合ってくれた。

地元に帰ってきたときはもう日が落ちた後だった。

「俺のアパートここなんだ」

そう言われてアパート暮らしであることを初めて知った。

「工場からは少し遠いですね」

「あぁ」

スナックからも離れている。

それなのにタクシーや代行使ってきてくれてるんだ。

「りりーちゃんはスナックの近くに住んでるの?」

「え?」

あ、どうしよう。

こういうのうまくかわしたことないから何が正解かわからない。

でも小渕さんは既婚者だし安心できる人だってわかってる。

「いえ、ここからすぐのアパートですよ」

「そんなこと素直に教えちゃっていいの?」

「え?」

「送ってくよ」

一瞬ちょっとドキッとしてしまう。

でもすぐいつものお兄さんみたいな小渕さんに戻ったので何の戸惑いもなくアパートに送ってもらった。

「ありがとうございました」

車を降りてお礼を言う。

「こちらこそ。ていうかほんと近くだね」

そう言われて曖昧に笑った。

「今日はありがとうね」

そう何度もお礼を言って小渕さんは帰っていった。

その日から何となく私たちの距離は近くなる。

小渕さんがお店に来てくれる頻度も上がった。

「やっぱり水商売してる女は結婚とか考えられないのかなぁ」

「そんなことないんじゃない?だって彼も知ってて付き合ったわけだし」

「そうなんだけどねぇ…はぁぁ」

「ずいぶん深いため息だな」

「だって距離もあるし彼の出張先って独身の女子社員多いみたいだし…」

「りりーみたいにかわいい子でもそんな心配するんだ」

「またぁ、かわいいとかほんとに思ってます?」

「可愛いよ。話も面白いし、聞き上手だし、いい女だよ」

「もう冗談でもそういうこと言えるのって結婚してる余裕ですかぁ?」

「今日はずいぶんあたり強いな」

そう言われて思わず小渕さんの左薬指の指輪に触れる。

「お、おい今日はちょっと飲ませすぎたか?」

少し動揺する小渕さん。

「ここで私のことかわいいとかいい女とか言っても、小渕さんには奥さんもかわいいお子さんもいるじゃん…」

私の憧れている結婚生活が、この指輪の向こう側に確実にある。

そう思うとちょっとした嫉妬心なのかもしれない。

少し瞳が緩む。

「帰ったら奥さんのこと抱きしめて『あいしてる』とか言っちゃうんでしょ?」

「…」

こんなこと言ったら困る。

わかっているのに止められない。

今お店には私たち二人きり。

ホステスさんたちは帰ったし、ママはお客様を送って出かけている。

「そんなことないよ」

「え?」

今まで見たことないほど瞳に影を落として小渕さんがつぶやいた。

「あいつには、俺の妻には俺じゃない誰かがいる…」

衝撃的な発言に私は何も言えない。

「息子だって俺の子かどうか…。」

さらに爆弾が投下されて小渕さんを見つめることしかできない。

「いや、それでも息子はかわいいし大事にしてる」

そんな私の様子にあわててそう付け足す。

「な、何かごめんなさい」

「はは…、いいんだ。俺こそ変なこと言ってごめん」

少しの沈黙。

「ただいまぁ」

そのタイミングでママが帰ってくる。

「お、ママお疲れ。じゃぁ俺帰るわ」

「えぇ、私帰ってきたら帰るとかひどくない?(笑)」

「ごめんごめんまた来るよ。それより、りりー飲みすぎてるみたいだから早く返してやって」

そう言って私の頭をポンポンとする。

小渕さんが帰ってから、私とママもほどなくして店を出た。

呼んでたタクシーでアパートに戻って階段を上がる。

部屋のカギを差し込んだところで—。

「りりー」

そう呼ばれて階段の方を振り返る。

「小渕さん…」

そこには小渕さんがいた。

彼は私に近づいてくるとぎゅっと私を抱きしめた。

「…ちょ、小渕さん」

「ごめん。店を出た時に見えたお前の顔が忘れられなくて…」

はは…、私どんな顔してたんだろう。

「ほんとにいい女だって思ってる。」

「わ、わかった。小渕さん。とりあえず中入って」

深夜だとは言え誰もいないとは限らない。

私はともかく小渕さんは妻子持ちだ。

部屋に入った小渕さんは落ち着かない様子で私の部屋を見渡してる。

「どうぞ」

麦茶を入れて彼をテーブルに促す。

「ちょっと着替えるね」

そう言って寝室へ行ってスウェットに着替える。

「へへ、色気なくってごめん」

そう言い訳して彼の横に座る。

「いや、それも悪くない」

「何それ(笑)」

そう言って麦茶を一口飲むと、小渕さんも麦茶を口にした。

「なぁ、もう一回抱きしめてもいいか?」

「いいけど…、」

私の答えを遮るように私を抱きしめる。

細身だけど筋肉の付いた彼に抱きしめられるのは悪い気はしない。

左腕に泳ぐ魚をそっとさする。

「こういうのいやか?」

「ううん。でも私には無理かな、いたそうだし…。」

「まぁちょっとな…」

そう言ってから私をじっと見つめる。

「りりーの目は吸い込まれそうなほどパッチリだな」

そう言いながら私のほほに手を当てる。

こんなのだめって思うのに抵抗しない自分がいる。

短い私の髪の毛をすくごつごつした彼の指。

祥吾には『髪のばしてよ』なんて言われたことを思い出す。

そうした後また私を腕の中に収める小渕さん。

「ちっこくてかわいい」

かみしめるように私を抱きしめる。

すーっと息を吸った後私から離れて両肩を掴んで私を見つめる。

ゆっくりと近づいてくる小渕さんに『あぁキスされるんだ』とわかる。

驚くほどやさしく唇が重なる。

「いやじゃない?」

「うん。でも良いの?後悔しない?」

「俺は…俺はりりーとしたい…」

ゆっくりと体を押されて押し倒される。

少し残る彼のお酒の匂いと自分のが二人の口内で混ざり合う。

久しぶりの男の人の感覚に下腹部がうずいてしまう。

誰でもいいのかよ、と自分にツッコミを入れる。

小渕さんは確かめるように優しく私の体をまさぐる。

「やばい…壊しちまいそうだ」

「ふふ…壊れたりしないよぉ」

「ずいぶん余裕だな。何人にかわいがられてるんだよ」

「失礼な、彼としかしてない」

「じゃしばらくご無沙汰だったんじゃねーの?」

そう言いながら私のスウェットに手を入れてくる。

下着の上からそこを擦り上げて—

「なんだよ乾ききってるかと思ったら大洪水だな」

と笑った。

だって久しぶり過ぎて…。

「顔真っ赤にしてかわいいな」

そう言いながら何度もキスをしてくる。

なんて気持ちのいいキスなんだろう。

それだけで腰が動いてしまう。

「えろいな」

嬉しそうな小渕さん。

彼のズボンの下には私を求めるような熱の塊が主張しているのがわかる。

「もう、いいから早く入れてよ」

「急かすなよ」

口ではそういうけど小渕さんだって早く交わりたいくせに。

彼がズボンを脱いでいる間に私も自分のスウェットを脱ぎ去る。

「細いと思ってたけどいい体してんな」

品定めするように一瞬で私の体に視線を這わせる。

予想通り猛々しいペニスに私の蜜口もよだれを垂らしてしまう。

はしたない。

わかってるけど小渕さんのキスが気持ちよすぎてもう待ちきれない。

「りりー俺が欲しい?」

そこにゴムをはめながら小渕さんが見下ろしてくる。

「ほんとにいいの?」

「今更?ていうか小渕さんのほうが後悔しない?」

「しないよ」

そう優しく微笑んで、

「じゃ、挿入(い)れるよ」

と私の足の間に入ってきた。

ぬぷ…。

「はぁ…」

久しぶりの感覚に思わず息がもれてしまう。

祥吾のとは比べ物にならないほどの圧迫感。

「大丈夫?動くよ」

こくこくとうなずくことしかできない。

中の壁をゆっくりゆっくりと這って行く感覚に、早くも絶頂感が押し寄せてきそうになる。

覆いかぶさる小渕さんにしっかりとしがみついてその快感を逃そうと必死になる。

でも彼を欲して腰がむさぼってしまう。

「りりーだめだよそんなに吸い付いたら、力抜いて」

苦しそうな小渕さんの声。

「あぁんだって…ダメ…力抜いたらあふれちゃう…」

ぬちゃぬちゃと厭らしい水音が鼓膜を刺激してさらに快楽を煽る。

「はぁ…あっりりー、締めすぎ…」

「あん…。だって…」

「でも…いい」

そう言って私の腰を抱くと力強く彼の腰が打ち付けられた。

「…っはっうっ!」

パシュン‼パシュン!

何度も激しくぶつかり合うたびに目の前がちかちかする。

「りりーりりーいいか?」

「あん!すごくいい!」

「俺もう…!」

「はぁ…、うん」

私がうなずいた瞬間、小渕さんの律動に合わせて中で彼自身が暴れまわる。

「あっ!」

そんな声と同時に私の中で小渕さんの熱がほとばしるのをゴム越しに感じた。

肩で息をして私の横にどさっと寝転ぶ小渕さん。

そんな彼の息遣いを聞きながら何とも言えない暖かさと幸福感に包まれる。

「りりー」

私の名前をつぶやいてそっと腕枕を促す。

視界の隅でゆっくりと泳ぐ魚が私を包み込んだ。

その後も変わることなく小渕さんはお店にやってくる。

そして工場長さんや吉田さんと普通に飲んでいる。

祥吾からの連絡は日に日に減っている。

たんぱくな返信や受け答えにも何となく慣れてしまっている。

「なぁんかほんとに私にはなじまないなぁ小渕さん」

三奈ちゃんがぼやいている。

「でもりりーとはなんかいい感じじゃない?」

「えぇそう?」

「うん。なんか雰囲気あるよ」

「はは…。どうかな。私みたいなおこちゃまは相手にしてないかもね」

噂になってもさほどどうとも思わない。

それでも小渕さんが相手なら悪い気はしないのも事実。

小渕さんは私のことをとても大事にしてくれているし、体の相性もとても良い。

抱かれるたびにもっと欲しくなって、そんな私を彼も求めてくれる。

祥吾と会えなくても寂しくなくなるくらいには、小渕さんとのセックスに依存しているのが自分でもわかっている。

でも彼の家庭をどうこうしたいとは思わない。

ただ私も彼も二人の濃厚な時間にあらがうことはできずに、今日もまたお互いの体を激しく求めあう。

やめることのできない徒歩7分の不倫関係。

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ichigomilk

つたない文章ですが、みなさんの心に届きますように!どうぞよろしくお願いします!

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